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東京高等裁判所 昭和48年(う)466号 判決

控訴人 被告人

被告人 戸田晃太郎

弁護人 森田聰

検察官 有田栄二

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

被告人は覚せい剤取締法違反の点について無罪。

原審における訴訟費用および当審における訴訟費用中国選弁護人に支給した分は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人および弁護人森田聰作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、つぎのとおり判断する。

職権をもつて按ずるに、原審は原判決の「罪となるべき事実」第二において昭和四七年四月一七日付起訴状記載の公訴事実と同一の事実を認定し、これに対して覚せい剤取締法四一条一項二号一四条一項を適用している。被告人が所持していた塩酸フエニルメチルアミノプロパンを含有する粉末は原判示のように〇・〇〇三一グラムの微量に過ぎない。証人長谷川幸吉の当公判廷における供述によると、一般に〇・〇〇三一グラムの塩酸フエニルメチルアミノプロパンを含有する粉末は覚せい剤常用者にとつては覚せい剤としての効用が全くなく、非常用者にとつてもその粉末が純粋なものでない限りその効用がないこと、ところが原判示粉末は純粋でなく、カフエインや塩酸エフエドリンが混入されていて、その含有する塩酸フエニルメチルアミノプロパンは極めて微量であつたことが認められる。したがつて、原判示粉末は覚せい剤常用者たると非常用者たるとを問わず、何人に対しても覚せい剤としての効用を有しないものということができる。覚せい剤取締法は覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するためその所持等に関して必要な取締を行うことを目的とするものであるから、その法意にかんがみると、被告人の原判示第二の所為は覚せい剤取締法四一条一項二号の同法一四条違反の罪に該当しないと解するのを相当とする。原判決が被告人が覚せい剤である原判示粉末を所持したと認定し、これに対して前記法條を適用したのは覚せい剤取締法の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点において原判決は破棄を免れない。

弁護人の控訴趣意(一)および被告人の控訴趣意中事実誤認の主張について。

所論に徴し、本件記録を精査して考察するに、原審で適法に取調べた証拠によれば、原判示第一の事実を優に肯認することができる。すなわち右証拠によると、本件賭博を行つた場所は被告人の自宅であること、本件賭博は被告人の呼びかけで始まつたこと、被告人は回銭にあてるため金を他から借り、その中から回銭として賭客に金を渡したこと、被告人は寺銭箱を管理し、記帳などをしていたこと、被告人は賭客の岩永憲一や小林久夫らに対し礼金を出したこと、被告人は賭客が賭博をしている間に本件現場から離れたが、その間は右岩永が被告人に代つて回銭を賭客に渡していたことなどが認められる。以上の事実に被告人の原審公判廷における本件賭博開張の事実はそのとおり相違ない趣旨の供述とを綜合すると、被告人は利益を得る目的で、みずから主宰者となつてその支配下に本件賭博をさせる一定の場所を開設した者、すなわち本件賭博場の開張者であるということができる。原判決には所論指摘の事実の誤認は存しない。

なお、被告人は右岩永、右小林、山本忠、尾形(織方紀年を指すものと解せられる。)の各供述調書は所論指摘の点について信憑性がないというけれども、山本忠の供述調書は被告人の関係において原審において取調べられていないし、他の供述調書は本件記録を精査しても、信憑性を疑うべき特別の事由を見い出すことができない。また被告人は本件により一銭の利益も得ていないから賭博開張図利罪は成立しないというけれども、賭博開張図利罪は利益を図る目的さえあればそれで足り、現実に利益を得たことは必要としないから、仮に被告人が一銭の利益を得ていなかつたとしても、賭博開張図利罪の成立を妨げるものではない。所論はいずれも採用できない。

よつて、他の控訴趣意についての判断を省略し、刑事訴訟法三九七条三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書の規定に従い本件について更に判決をすることとする。

(法令適用省略)

本件公訴事実中、「被告人は法定の除外事由がないのに、昭和四七年四月六日東京都文京区大塚四丁目二四番一号都営第二大塚アパート五〇六号室において覚せい剤である塩酸フエニルメチルアミノプロパンを含有する粉末〇・〇〇三一グラムを所持したものである」との訴因については、被告人が法定の除外事由がないのに右日時場所で塩酸フエニルメチルアミノプロパンを含有する粉末〇・〇〇三一グラムを所持したことは証拠上認められるけれども、前記説示のように右粉末の所持は覚せい剤取締法四一条一項二号の同法一四条違反の罪に当らないから、結局右訴因は罪とならないこととなる。したがつて、刑事訴訟法三三六条によりこの点について無罪の言渡をすることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三井明 判事 石崎四郎 判事 杉山忠雄)

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